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(写真:JKT48Stuff

2013年10月22日、マレーシア最大の英字日刊紙「The Star」にJKT48に関連する記事が掲載されました。JKT48はミュージックビデオの撮影のために今月上旬にマレーシアを訪問しており、今回の記事はその際に受けた取材がもとになっています。ちなみに、今月13日にはマレーシアのニュース番組にも取り上げられています。

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先週マレーシアを訪問したJKT48メンバー6名。(左から)ロナ・アンガラエニ、ジェシカ・フェランダ、メロディー・ヌランダニ・ラクサニ、ナビラ・ラトナ・アユ・アザリア、仲川遥香、シンディ・ユフィア。
ザ・ファンタスティック48

日本のアイドルグループAKB48の姉妹グループであり、インドネシアを拠点に活動するJKT48のメンバーが若きポップスターとしての生活について語る。

ポピュラー音楽に関する限り、このアイドルグループの「製造モデル」は大きな成功を収めてきた。それがきっかけとなり数々の受賞歴を持つ日本の秋葉原発のガールグループAKB48をプロデュースした秋元康はそのビジネスモデルをインドネシアへ持ち込んだ。

その結果としてインドネシア初のアイドルグループとなるJKT48が誕生した。この名前がやや誤った名称であるといえるのは、現在このグループには51名の女性メンバーが在籍しているからだ。そう、彼女たちは51人のメンバーからなるガールグループなのだ。そればかりか、AKB48には現在88名のメンバーが在籍している。

※JKT48メンバーは2013年10月22日現在、総勢49名。

JKT48のコンセプトはシンプルだが、極めて効果的なものであり、多分にエンターテイメントの要素を持っている。13歳から22歳のメンバーが在籍するJKT48は手の込んだ衣装でAKB48が歌う数々の人気曲をインドネシア語で披露してきた(原曲は日本語)。彼女たちはまたジャカルタに専用劇場を持っており、毎晩のように公演を行なっている。

インドネシア中から数千人の女の子たちが応募した2011年のオーディションで、インドネシア・電通メディアグループのマネージャーらは28名を合格させた。その時選ばれた28名は現在、JKT48の「第1期メンバー」として知られている。

このような選び抜かれたパフォーマーが集まるグループのメンバーとなるには才能以上のものが必要とされる。プロフェッショナルとして歌い踊れることはもちろん、毎日のように日本語のレッスンやトレーニングに励まなくてはならない。つまり、メンバーの多くが芸能界での活動と学業を両立していかなければならないのだ。

「始めのうちは疲れましたが、しばらくすると慣れてきてました。今では順調です」と先週クアラルンプールを訪問した6名のメンバーのひとり、ジェシカ・フェランダ(20)は語った。

JKT48メンバーも洗練され、年齢以上に大人らしく振る舞えるようになった。

「率直に言って、たくさんの女の子が集まれば時には問題が起こることもあります。メンバー全員がまだ若く、もめることもありますが、今ではお互いの存在に慣れ、個性の違いを乗り越えるすべを学びました」とフェランダは語った。

JKT48メンバーの中で、フェランダはもっとも流暢に英語を話す。その他の多くのJ-popやK-popアイドルグループと同様に、どのメンバーも特別な「目的」を持ち、それが彼女たちをグループの中で価値のあるものにさせている。

その他のメンバーはその時市内にいた。メロディー・ヌランダニ・ラクサニ(21)は名誉ある「センターポジション」にJKT48の曲でもっとも多くついている。仲川遥香(21)は元AKB48メンバーでありコマーシャル・タレント(commercial talent)だ。シンディ・ユフィア(15)は「(日本語でcuteを意味する)kawaii」の典型だと考えられている。ロナ・アンガラエニ(18)はファッショニスタであり、ナビラ・ラトナ・アユ・アザリア(13)はグループ最年少メンバーだ。

彼女たちは来たるべきミュージックビデオの撮影のために市内にいたのだが、どの曲のための撮影かは明らかにしなかった。「これはシークレットプロジェクトですので」とフェランダは言った。「でも、撮影は本当に楽しかったですし、その成果をファンに披露できる日が待ちきれません」

JKT48がマレーシアでのミュージックビデオ撮影を決めた背景には、インドネシア国外からやって来るファンはマレーシアからが最も多いという理由がある。

「たくさんのファンがジャカルタにある私たちの劇場やインドネシアで行われる握手会イベントに来てくれます。そして、嬉しそうにマレーシアから来たと伝えてくれるんです」とメロディーは語った。

「(今回の訪問では)マレーシアのファンと会う機会はありませんでしたが、今後、彼らのことをもっとよく知る機会や、彼らに私たちのことをもっと知ってもらう機会を持ちたいと思っています。インドネシアの公演も見に来てもらいたいですね。ただ、私たちもできる限り早くマレーシアでパフォーマンスができればと思っています。できれば、来年にも!」