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画像はインドネシアの日本紹介番組「Kokoro No Tomo」から

五輪真弓が歌う「心の友」がインドネシアで大ヒットしたのは今から30年前のこと。当時は「心の友」を知らないインドネシア人はいないと言われたほどの人気ぶりでしたが、今時のインドネシアの若者はこの曲のことを知っているのでしょうか。僕のインドネシア語ブログに寄せられたインドネシアの皆さんからのコメントをご紹介します。

【2014年8月22日追記】
【インドネシアで大ヒット】五輪真弓の隠れた名曲「心の友」は今も現地で人気があるのか? 
↑2014年8月のスレッドをまとめました。最近の傾向として合わせてご一読ください。

五輪真弓-心の友

心の友ってなに?-「心の友」を知らない日本人...!?

インドネシアで「心の友」を知らない人などいるのだろうか。1982年に五輪真弓が発表した曲「心の友」は現在でも変わらずにインドネシアの人々に愛されている。そればかりか、中には全く日本語が話せないにもかかわらず、「心の友」の歌詞を暗記している人もいる程だ。「心の友」はインドネシアで最も人気のある日本の歌と言えるだろう。

日本人は「心の友」を知らない...?

「私は『心の友』が大好きなんだけど、この題名はどういう意味なの?」。インドネシア滞在中に、こういった質問を何度か受けたことがある。どうやら彼らは僕が日本人ということで、間違いなく「心の友」のことを知っているはずだと確信しているようだった。しかし、正直に白状すれば、僕はインドネシアに来るまでこの曲の事を全く知らなかった。「『心の友』って何?」。これがインドネシアで初めてこの曲について聞かれた時の僕の答えだった。

こうした「心の友」に対する認識は他の日本人とそれほど違わないだろうと思う。実際 日本では「心の友」はインドネシアほど有名な曲ではないからだ。五輪真弓は1980年代に非常に人気を博した歌手の一人だが、現在の日本人(特に若い世代)では-彼女のファンをのぞいて-「心の友」を知る人はほとんどいないと言っていい。

では、なぜ「心の友」は日本ではほとんど知られていないのだろうか。その理由のひとつとして、シングル曲としてマスメディアを通じた宣伝が行われなかったことが挙げられる。1982年発表のアルバム「潮騒」に収録された「心の友」はラジオやテレビなど放送される機会がほとんどなかった。そのため、「心の友」は五輪真弓のアルバムを購入したり、コンサートに参加したファンのみに知られる隠れた名曲となったのだ。

「心の友」とインドネシア

日本ではほとんど知られることのなかった「心の友」が、インドネシアでは大ヒットを記録した。五輪真弓自身、インドネシアでの「心の友」の人気に多少の戸惑いと驚きを覚えている。自身の公式サイトに掲載された毎日新聞のインタビューで、五輪真弓は以下のように答えている。

-インドネシアにも行きましたね。
「ええ、ジャカルタ。あれは産後すぐで。私が休業中に起こった現象で。行ってもいないのに有名になっちゃったんです。今度は「心の友」で」

※注:五輪真弓は1986年にジャカルタでソロコンサートを開催している。

-向こうの子があなたを指さして...
「私が街を歩いていると、『コッコロノトモ』。税関行っても『コッコロノトモ』(笑)。日本語なのに、どうしてあれほどヒットしたのか、いまだにわからないですけどね」

しかし、彼女は同じインタビューの中で、インドネシアにおける「心の友」の人気について説明を試みている。「英語だと世界に通用するでしょうが、それに比べると、日本語で勝負しようというのはむずかしいでしょうね。ただ、自然に受けいれられるのは珍しいと思います(※注)」。これは歌手として誇りに思うべきことだろう。

 ※注:上記のインタビューは英訳でも公開されており、上記の「※注」部分は以下のように訳されている。「Japanese songs were accepted because people understood the real feeling and emotions expressed in the songs irrespective of the words(参照)」。インドネシア語の文章ではこちらを訳して紹介した。

五輪真弓にとっての思い出の曲

これに関連して、ひとつの興味深いエピソードがある。前述の通り、「心の友」はシングルとして発売された曲ではない。しかし、五輪真弓はインドネシアでヒットを記録した後、1987年の紅白歌合戦でも「心の友」を披露しているのだ。

紅白歌合戦は毎年大晦日に放送される音楽番組で、一般に「紅白」と省略されることが多い。日本のミュージシャンにとって、1951年から放映が開始された この国民的番組に出演することは歌手として最も名誉なことのひとつとされている。

日本では「紅白」という用語は「赤白」を意味し、時には競技のチーム分けの際にも用いられる場合もある。この音楽イベントでは出場歌手を性別でチーム分けするために「紅白」が用いられる。紅組は女性チーム、白組は男性チームを意味している。

その当時の歌手にとって、紅白歌合戦は最も名誉ある舞台のひとつである。1987年の「紅白」で五輪真弓はなぜ、1982年に発表した「心の友」を披露したのだろうか(紅白では普通、その年のヒット曲を歌う)。この疑問については当然ながら、はっきりとした回答は用意されていない。しかし、五輪真弓自身、「心の友」という曲がインドネシアの人々に受け入れられたことをひとりの歌手として誇りに感じていたように見受けられる。紅白での披露は、「心の友」を気に入ってくれたインドネシアに人々に対する感謝の現れだったのではないだろうか。

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ところで... 僕がインドネシアに留学していのは数年前のことです。その当時はインドネシアでもたくさんの人が「心の友」を知っているように感じましたが、僕が日本へ帰国してからずいぶんと時が流れました。あの頃と比べると、今のインドネシアは若者の音楽の好みも含めて、大きく変わったように思えます(少なくとも、僕の目にはそう映ります)。「心の友」のようなメロディーの曲は今でもインドネシアで受け入れられているのでしょうか。もし機会があれば、もう一度インドネシアに行き、この点について確かめてみたいです。【2012年12月14日】


この記事についたコメント
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全くその通り。この曲は人気があるよ。親の世代はだいたいこの曲を知っているし、私の学校でも、卒業の行事でよく歌っているよ。

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僕はジュディ&マリー、ラルク・アン・シエル、Do As Infinity、Yui、いきものがかり、SCANDAL、AKB48などの曲が大好きなんだけど、子供の頃に初めて聞いた日本の曲は、五輪真弓の「心の友」とKiroroの「未来へ」なんだ。この2曲がきっかけで僕は日本の音楽に興味を持ったといってもいいと思う。

カラオケに行くと、今でもまだこの2曲を歌っている人をよく見かけるし、そればかりか、こっちの音楽フェスティバルなんかでは今もたくさんの若者たちがこの2曲を現代風にアレンジして歌っているよ

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インドネシアの音楽好きな連中といっても色々いるし、「心の友」のようなメランコリックでちょっとロマンティックな歌が嫌いな人盛るだろうね。でも、僕は「心の友」のファンだけどね。

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そう、「心の友」はインドネシアでとっても人気があるよ。特に年配の世代にとってはね。とはいえ、若者の間でも十分知られていると思う。「心の友」はすでにインドネシアの伝説となった曲だからね。日本についてあまり知らない人もこの曲は知っておくべきだと思う。とても興味深い記事をありがとう。

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実は僕が初めて好きになった日本の曲が「心の友」なんだ。この曲は僕の耳にはどんな時も特別に聞こえる。まあ、歌詞に意味は分からないんだけど:(

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その通り、この曲は人気がある。この曲は僕の学校で昔、実技試験の課題曲だったよ。

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ラジオで「心の友」を聞いていたな。この曲は僕が小学生の頃、もう本当にしょっちゅうかかっていたんだ(夜中になると、その回数もさらに増えたなあ)。ものすごい人気だった。

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「心の友」は小学校の頃から知ってたけど、誰が歌ってるかまでは知らなかったな:P そうそう、「紅白」の情報をありがとうね:D 私は嵐のファンなんだけど、紅白の事はよく分かっていなかったから(紅白は嵐の出演部分しか見てなかったし)。この記事のおかげで、新しい知識を得ることができたよ:)

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僕のおじさんもこの曲は知ってたけど、歌っているのが誰かまでは知らなかったな。思うに、インドネシアの若者もこの曲を知っている人はまだ少しは残っていると思う。今の流行はJKT48の曲だよ^^

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僕は結構最近にテレビでこの曲を知ったんだけど、気に入っちゃって、すぐにウィキペディアで「心の友」について調べたんだ。「心の友」みたいなメロディーの曲でも、直接聞けばインドネシアの若者も気に入るんじゃないかな。というのも、僕の大学のキャンパスではいつも「心の友」がかかってるからね:D

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今時のインドネシアの若者では西洋の曲がブームだよ。メタルみたいなハードな曲がインドネシアのトレンドさ(U.U)

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そうなの。「心の友」はインドネシア人の耳にとっても馴染がある曲だと思う。Zivilliaっていうバンドが「心の友」を日本語とインドネシア語で歌ってからまた人気が出たしね。

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「心の友」は僕の父親がよく聞いていなあ。「Kokoro no tomo」が「心の友達」っていう意味だって初めて知ったよ。「Tomo」は「Tomodachi」から来てるんだよね?

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私のお祖母ちゃんとお母さんも「心の友」が大好きだったよ。日本の歌を知らない人にとっては「心の友」が唯一知ってる日本の曲だったりすることもあるんだ。

私の高校の卒業式で、学校側が合唱用の曲の歌詞をプリントして渡してくれたことがあるの。曲目はメリー・グスロウの「Bunda」、国歌、そして「心の友」。大教室で生徒の代表がそれらの曲を合唱したら、私もぽろぽろ泣いちゃった。アハハハ。本当にたくさんの思い出を運んでくれた曲だったな。「心の友」の記事を書いてくれて本当にありがとうね。

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うわっ、これは初めて知ったよ。どうりで母親に「心の友」をダウンロードするように頼まれた訳だ。この曲がそこまで人気があったとは...

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「心の友」はまだ人気だって。お父さんお母さんの世代だけじゃなくて、(私たちのような)若い人たちだってこの曲を知ってるからね。それだけじゃなくて、サマリンダ(私は東カリマンタンの出身なの)に語学学科がある国立高校があるんだけど、そこでは合唱コンテストがあって、「心の友」はコンテストの課題曲になってるんだよ。この曲は本当に耳に馴染む歌だし、私のパソコンと携帯には今でも「心の友」が入ってるよ。

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Mayumi Itswa & Delon - Kokoro no Tomo
【2005年8月24日にインドネシア・スマトラ島沖地震チャリティCDとして発売】

私は大学生だけど、「心の友」は幼稚園の時から知ってるし、今でも聞いてるよ(五輪真弓さんがまたインドネシアに来てくれることを願ってる)。本当に興味深い記事だったよ。

間違ってなければだけど、2006年に「Mayumi Itsuwa & Delon (Indonesia)」のデュエットで「心の友」が発売されてるよ。インドネシア語の歌詞も入ってるし、私はこの2人のデュエットが大好きなんだ。

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僕がこの曲を初めて聞いたのはちょうど小学生の頃。それだけじゃなくて、中学校の文化・芸術の教科書にも載ってたよ。ゆったりとした曲だけど、本当に心地よい曲だよね:)

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私が「心の友」を知ったのはお父さんが(五輪真弓の)「雨宿り」と一緒によく聞いていたから。この思い出と、日本のひとりの先生に関する映画がきっかけで日本にすごい興味を持つようになったの。もし神が許してくれるなら、学部を卒業した後で、日本の大学院に留学して建築学を学びたいな。

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僕が「心の友」を知ったのは1991年で小学校の頃。この曲はまだ僕の記憶にしっかりと残っているよ:D

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うわぁ、みんなのコメントを読んだけど、スゴイたくさんの人が「心の友」を知ってるんだね。知らなかったのは僕だけなのかな。(音楽とは関係ないけど)ナルトや名探偵コナンみたいな漫画の方がインドネシアの若い人に知られていると思うよ。

正直言って、この曲がインドネシアで全国的な人気を誇っていたなんて初めて知ったよ。でも、この記事のおかげで「心の友」に興味がわいてきた:)

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この曲は明日、私の友達の実技の試験で課題曲になってるよ。ナイス・ソング:D

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この記事のエピソードについては初めて知ったよ。僕が五輪真弓の事を知ったのは親が彼女のアルバムが入った2つのカセット(そう、カセット..ハハハ)を持っていたからなんだ。だから、(僕は1984年の生まれなんだけど)子供の頃から「心の友」や「雨宿り」といった五輪真弓の曲はよく聞いていたよ。今でも何人かの日本の歌手の歌は好きだな。まあ、歌詞の意味は全然分からないんだけどね(笑)。

五輪真弓は今でも好きだよ(MP3のコレクションもあるし)。最近はジュディ&マリー、ラルク、SCANDAL等の曲も好きだな。プレイリストにはいつも入れてるんだ。

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あれっ...僕は本当によく「心の友」を聞いてるよ。好きなんだけど、僕は日本語が出来ないから歌詞の意味はよく分からないんだけどね。僕は日本の関するいくつかの事が大好きなんだ。またいろいろ質問させてね。よろしく。

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「心の友」はインドネシアで凄く人気があるよ。ほとんどすべての世代がこの曲を知ってるんじゃないのかな。でも、今ではそう言った状況は少しずつ変わり始めていると思う。80年代生まれはまだこの曲を知っているはずだし、私だって「心の友」が大好きだよ。

でも、私の場合は子供の頃に「心の友」を聞く前は、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが坂本九の「スキヤキ」をよく聞いていたんだ。私も「スキヤキ」のことは今でも覚えているよ。

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僕の日本人の上司は「心の友」の事を知らなかったな。インドネシアですごく人気があるって知って驚いていたよ:D

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そうなの。この曲はすごく人気があって、インドネシア人の耳に馴染んでいると思う。特に、90年代生まれにはね。この曲が入ってきたのはそのくらいだからね。私はその時ちょうど小学生だったんだ(笑)。

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僕が日本を好きになったきっかけは「ドラゴンボールZ」と日本のアニメ曲なんだ。「心の友」を初めて知ったのは兄がこの曲をかけていたから。聞いてすぐに好きになって、あの当時はよく聞いていたよ。この曲を一度聞けば人生に平穏が訪れると思う。「心の友」は今でもインドネシアの若者に人気があるよ。僕の隣人もすごいボリュームで「心の友」をかけたりしていたなあ^_^

【管理人コメント】
(最近全く更新していない)月間1万PVにも満たないささやかな個人ブログですが、この記事に限ってはコメントが40ほどついたので紹介してみました。上記のコメント見る限りでは「『心の友』はインドネシアではまだ人気がある(少なくとも、曲を聞いたことのあるインドネシア人は多い)」という事は言えそうです。インドネシアの一部の高校でも「心の友」が歌われていたというのは僕もコメントをもらって初めて知りました。

【2014年8月22日追記】
【インドネシアで大ヒット】五輪真弓の隠れた名曲「心の友」は今も現地で人気があるのか? 
↑2014年8月のスレッドをまとめました。最近の傾向として合わせてご一読ください。