3A

インドネシア高校2年生用歴史教科書から、インドネシアにおける日本占領の影響をまとめた個所を翻訳しました。出典は  Drs. I Wayan Badrika, M.Si, Sejarah Nasional Indonesia dan Umum SMA Jilid 2 untuk Kelas XI, Penerbit Erlangga, 2004, pp.296-297.です。

★ ★ ★ ★ ★

第6章 B-5 インドネシア人民にとっての日本占領の影響

政治面:日本の進駐以降、インドネシアの政治組織はもはや機能することはなかった。日本占領政府はさらに、政治、社会、経済、および宗教的性質の如何を問わず、あらゆる形態の組織活動を廃止した。それらの組織は廃止され、日本製の組織に替えられた。その結果、インドネシアにおける日本の占領を拒否し抵抗を続けた組織もいくつかは残っていたが、この当時の政治活動は日本政府によって規制されていた。

経済面:帝国主義国として日本民族がインドネシア地域で行なった占領は他の帝国主義諸国とさほど違いはなかった。日本民族によるインドネシア進駐の背景には経済問題、すなわち自国の産業需要を満たす素原材料の産出地および製品市場の確保がある。結果として、日本占領期におけるインドネシア民族の経済活動は完全に日本政府に掌握された。

教育面:日本のインドネシア占領期には、オランダ領東インドの占領期と比較して、教育面での急速な発展があった。日本占領政府はインドネシア民族に対して、自らが建設した学校で教育に参加させる機会を与えた。インドネシア語が各学校で仲介語として用いられた他に、インドネシア化された名称も使用された。しかし、日本がインドネシア民族に対して広く教育を普及させた背景には、太平洋戦争で敵国と対峙するにあたってインドネシア民族の共感を引き出し、協力を得るという目的があった。

文化面:日本はファシストの国として常に自国文化を植え付けようとした。そのひとつが太陽が昇る方向へ敬意を表する習慣だ。これは太陽神の子孫とみなされていた天皇に対して敬意を表する日本の伝統のひとつである。文化面での日本の影響はプロパガンダが多用された歌、映画、芝居などにより大きくみられた。この時期の日本の流行歌をもとに多くのインドネシア語の歌が作られた。イワ・クスマ・スマントリは自著『Pejuang dalam Gejolak Sejarah』【訳注】で以下のように記している。「私たちの進歩を強く阻んできた信仰や習慣が弱まり始めた。インドネシア民族はオランダという植民地支配者と長きにわたって一体となり、常に『へいへい(ヌン、インギ)』と言ってきたが、今では逆に、確固たる信念を持ち、みずからの尊厳と力を自覚する個人となった。また、インドネシア民族は当時、自分では気が付いていなかったものの、日本に与えられた教育によって、漁撈、農業、その他で数々の革新を経験していた。学校の生徒に関しては、体操(Taiso)と名付けられた運動の機会が与えられた。これは彼らの健康のために非常に良いものであった。私が思うに、学童、官吏、もしくは労働者が特定の曜日(例えば、月曜日など)に私たちの旗(紅白旗)を敬い、国歌や民族歌を歌うという日常的な習慣は日本からインドネシア民族へと受け継がれたものだろう」

【訳注】邦訳は『インドネシア民族主義の源流』として出版されている(下記の参考文献参照)。

社会面:日本占領期における人々の社会生活は非常に憂慮すべきものだった。人民の苦しみは募る一方だった。なぜなら、人々のあらゆる活動が日本が敵対諸国と戦う上で、戦争の需要を満たすことに傾注されていたからだ。人々は労務者(romusha: 強制労働)とされ、飢えと病気から多くの犠牲者が発生した。

行政面:インドネシア地域における日本の占領では、軍関係、すなわち陸軍(rikugun)と海軍(kaigun)が実権を握っていた。このため、地域における統治システムは軍の制度に基づいて整えられた。統治面でオランダ人が姿を消すと、それまではオランダ人のみに占められていたより重要な役職にインドネシア人がつく機会が与えられた。役職には知事および市長職も含まれていたが、その任命に関しては依然として日本軍の強い監視下にあった。こうした行政制度の適用は他の地域と比べるとジャワやスマトラでより多くみられた。その後、日本海軍が管轄する地域における行政制度の適用はやや悪化した。

軍事面:インドネシア地域における日本の占領は、特に軍事面で重要な意味を持っていた。インドネシアの青年たちはペタ(PETA: 祖国防衛義勇軍)の組織を通じて、軍事教育が与えられた。このペタに参加した青年たちが中心となり、後の独立を求めるインドネシア人民の闘争を牽引した。

★ ★ ★ ★ ★

【参考文献】
イ・ワヤン・バドリカ(石井和子監訳)『インドネシアの歴史-インドネシア高校歴史教科書』、明石書店、2008年。
イワ・クスマ・スマントリ(後藤乾一訳)『インドネシア民族主義の源流-イワ・クスマ・スマントリ自伝-新版』、早稲田大学出版部、2003年。


【管理人コメント】
今回のエントリーで使用した教科書は冒頭で紹介した通り、2004年版のものです。参考文献で挙げた『インドネシアの歴史』でも同じ教科書の1999年版を使用しているので、基本的に記述に違いは見られません。ただ、2004年版では「文化面」と「行政面」に若干の加筆がみられたので、その部分を補足するという意味で今回のエントリーをアップしました。


日本占領期のインドネシアに関する詳細は上記の参考文献のどちらにも記述があります。インドネシア側の見解に興味がある方はぜひ目を通してみて下さい。

【関連記事】
【激論】インドネシアの独立は日本に与えられたものなのか? 
(↑このトピックに関するインドネシア人の反応を多数まとめてあります↑)
インドネシア中学歴史教科書-第21章 インドネシアにおける日本の占領 
(↑今回紹介した高校教科書と同じ出版社のものです↑)
「日本には脱帽だ」-1950年代 日本の戦後復興を目の当たりにしたインドネシア人の反応
インドネシアの独立と前田精大日本帝国海軍少将-インドネシア人の反応は?