インドネシア人の本音

【海外の反応】インドネシアのネット掲示板をアヤシゲな翻訳でご紹介。

      


    現地報道翻訳

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    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年8月8日)「禾尉が記した13ページ」の翻訳です。禾晴道中尉が1975年に出版した手記『海軍特別警察隊‐アンボン島BC級戦犯の手記』をもとにアンボン島での慰安所の現状を紹介しています。また、禾氏の前任地であるマカッサルの慰安所についても若干の言及があります。
    【禾晴道中尉の手記『海軍特別警察隊』-アンボン島での「慰安婦狩り」(インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集1992年8月8日号)】の続きを読む

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    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年8月8日)に掲載された「慰安婦」とされたインドネシア人女性「フミコ」の証言の翻訳です。
    【インドネシア人慰安婦「フミコ」の証言-インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年8月8日)】の続きを読む

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    s3-min

    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年7月25日)「スマランからの証言(Pengakuan dari Semarang)」の翻訳です。スマラン事件で強制的に「慰安婦」とされたオランダ人女性の証言を紹介しています。

    <スマラン事件:1944年2月にインドネシア・ジャワ島中部スマランで発生した日本軍によるオランダ人女性の強制連行およびが民間人抑留所に収容されていたオランダ人女性35名を強制的に慰安所へ連行し、売春行為を行わせた事件。戦後、オランダ軍による軍事裁判で慰安所開設や女性の連行に関わった日本の軍人および民間人の慰安所経営者ら13名が強制売春、強姦などの罪で裁かれた>
    【「スマラン事件」-オランダ人「慰安婦」たちの証言(インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集1992年7月25日号)】の続きを読む

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    s1-min

    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年7月25日)から「スマラン事件」に関する能崎清次中将の証言を紹介します。これは当時、テンポ誌のオランダ支局記者がデン・ハーグにある国立公文書館で発見した資料に基づいて書かれた記事です。

    <スマラン事件:1944年2月にインドネシア・ジャワ島中部スマランで発生した日本軍によるオランダ人女性の強制連行およびが民間人抑留所に収容されていたオランダ人女性35名を強制的に慰安所へ連行し、売春行為を行わせた事件。戦後、オランダ軍による軍事裁判で慰安所開設や女性の連行に関わった日本の軍人および民間人の慰安所経営者ら13名が強制売春、強姦などの罪で裁かれた> 【「スマラン事件」-能崎清次中将の証言(インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号1992年7月25日)】の続きを読む

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    k1-min

    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年7月25日)「現実に起こったカダルワティ物語(Kisah Kadarwati yang Sebenarnya)」の翻訳です。1981年に出版されたインドネシアの「慰安婦」小説を念頭に、甘言によってインドネシアに連れて来られたマレーシア華人「慰安婦」の証言を紹介しています。
    【甘言の犠牲となったマレーシア華人女性の証言-インドネシア・テンポ誌「慰安婦」特集(1992年7月25日)】の続きを読む

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    j5-min

    インドネシア・テンポ誌「慰安婦」特集号(1992年7月25日)「日本政府の言い逃れができなくなった後で(Setelah Pemerintah Jepang Tak Bisa Mengelak Lagi)」の翻訳です。日本政府が慰安所の設立等において軍部の関与を公的に認めた1992年7月の談話を念頭に、韓国とインドネシアの事例を踏まえて「慰安婦」問題を概観しています。 【「従軍慰安婦」問題で軍部の関与を認めた日本政府-インドネシア・テンポ誌「慰安婦」特集号(1992年7月25日)】の続きを読む

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    k1 min

    インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号(1992年7月25日)「始まりは韓国(Pada Mulanya dari Korea)」の翻訳です。内容は「慰安婦」とされた韓国・北朝鮮人女性の事例について。1992年当時のインドネシアの報道をご紹介します。
    【韓国・北朝鮮の事例-インドネシア・テンポ誌「慰安婦」特集号(1992年7月25日)】の続きを読む

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    インドネシアの高校3年生用歴史教科書「日本の成功と世界の政治経済秩序に与えた影響」の翻訳です。出典はDrs. I Wayan Badrika, M.Si, Sejarah Nasional Indonesia dan Umum SMA Jilid 3 untuk Kelas XII, Penerbit Erlangga, 2005, pp.245-251です。
    【インドネシア高校歴史教科書にみる戦後日本の歩みとは?-「日本の成功と世界の政治経済秩序に与えた影響」】の続きを読む

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    自宅で〝お気に入り〟のちゃんちゃんこを着る小野盛さん

    2014年8月25日に亡くなったインドネシア残留日本兵の小野盛さん。先日の訃報はインドネシアでも複数のメディアが取り上げましたが、生前の小野さんに関しては現地ではどのような報道がなされていたのでしょうか。インドネシアを代表する時事週刊誌『テンポ』2011年11月28日号に小野盛さんの特集記事を見つけたのでご紹介します。 【「小野盛、老いたサムライの黄昏」-現地大手誌が報じたインドネシア残留日本兵】の続きを読む

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    東ジャワ州バトゥの英雄墓地に埋葬された小野盛と祈りを捧げる現地人参拝者ら。小野の棺にはインドネシア国旗がかけられ、国軍兵士らの先導で地元の英雄墓地まで運ばれた。

    第2次大戦後、インドネシアに残り対オランダ独立戦争に参加した元残留日本兵の小野盛(さかり)さんが2014年8月25日朝に亡くなりました。日本では各種メディアで取り上げられましたが、現地インドネシアでは小野さんの訃報はどのように報じられたのでしょうか。以下に、今回の訃報に関するインドネシアメディアの報道をまとめました。 【「最後の残留日本兵、小野盛さん死去」に関するインドネシア現地報道まとめ】の続きを読む

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